「菊池事件Fさんの再審無罪を求める市民集会」にオンライン参加しました(2026年1月27日)

菊池事件の再審をするかしないかの判断を、1月28日に熊本地裁がくだすにあたり開かれた「菊池事件 Fさんの再審無罪を求める市民集会」に、オンラインで参加しました。 挨拶は以下のとおりです。
無実の罪で、違憲の裁判で裁かれ死刑。こんな非道は許されません。
菊池事件の再審とFさんの名誉回復を目指して長年闘い続けてきた皆さんに対して、心から敬意を表します。 あす2026年1月28日は、日本の司法が正義を取り戻せるのか、それとも取り戻せないのか、きわめて重要な判断が熊本地裁で示されます。
ハンセン病に対する差別によって予断と偏見に満ちた捜査が行われ、憲法違反の隔離法廷でデタラメな裁判によって死刑判決が下り、執行されたFさんに無念を想像する時、私は胸が押しつぶされる思いに駆られます。
私は、昨年11月14日の参議院予算委員会において高市総理に対し「Fさんに何と声をかけますか。差別はくりかえさないと約束してください」とただしました。 高市総理は「尊厳を傷つけ、筆舌に尽くし難い苦しみを与えてしまったこと、亡くなられたご本人のみならずご家族に対しても深くお詫び申し上げます」と答弁しました。
再審を求める裁判が行われている最中、しかも決定の2ヶ月半前というタイミングで、総理大臣がこのような謝罪を行うことはきわめて異例です。それほど、この菊池事件が日本の裁判史上最悪の人権侵害、取り返しのつかない過ちであったということです。
最初のダイナマイト爆発事件で収容されていた恵楓園内の留置場からFさんが逃走した27日間、彼を支援したのは友人たちでした。この事実は逃走中の殺人容疑への有力なアリバイでしたが、Fさんはそれを隠しました。仲間に犯人隠しの罪が及ぶのをおそれたのです。
「恩を仇で返せない。たとえ死刑になっても話せない」。 苛烈な差別のただ中にあってなお、人間への信頼を保とうとする姿を前にする時、私は人間が人間を差別して死に追いやる闇の深さと共に、その闇を払いのけて余りある人間の希望の光を、強く感じます。
私は明日、熊本地裁が再審開始の決定を出すことを疑いません。日本の司法に正義と良心があることを信じています。 64年前に死刑台で奪われたFさんの命はもう戻りません。私たちにできることは、あす再審決定を勝ち取り、やり直し裁判でFさんの無罪を勝ち取って墓前に手向けること、そしてもう二度とこのような非道な差別が起こらない社会をつくり上げることだけだと思います。 厚い壁を突き破る日はすぐそこです。ともに闘いましょう。
翌日、熊本地裁は再審を開始しない判断をしました。それを受けてXでの投稿をしました。


