屋外レジャーの壁をぶっこわそう!-新島バリアフリービーチ視察報告-(2024年9月20日)
「老若男女」と「海水浴場」。この組み合わせほど親和性に富んだ4文字どうしは稀です。
様々な人々で楽しくにぎわうビーチ。しかし、日本においてはきわめて画一的でモノトーンな風景なのではないでしょうか。そこに障がい当事者の姿はほとんど無く、エスニックな多様性も見受けられません。
そこで、車いすや介護が必要な人でも海水浴や海遊びを楽しめる「バリアフリービーチ」をつくろうという企画が、全国各地で取り組まれています。
昨年9月、東京都主催の障がい者や高齢者等を対象とする、誰もが楽しめる自然体験型観光推進事業が伊豆諸島の一つで都心から160キロにある新島で行われると聞き、視察に行って参りました。
車いす利用の障がい者、介助者、家族、観光事業者、自治体職員など約40人が参加し、同島黒根海岸の白砂青松を満喫しました。波打ち際に明るい歓声が上がり、いくつもの破顔一笑。まさに障壁を乗り越えようとする意志と喜びに包まれて、見ている私まで幸せを感じるひと時でした。
千葉県松戸市から参加した新井丈晴さんは「4年ぶりの海水浴で、はじめこわかったけど楽しかった」と晴れやかな表情で感想を話してくれました。
私は14歳のときの医療ミスで四肢麻痺、発話障がい、視覚障がい、嚥下障がいを負いました。以来、海を見に行くことはあっても、海水に触れる機会に恵まれませんでした。この日は障がいを負ってから初めて海水に足をつけることができ、感無量でした。
バリアフリービーチでは、砂浜に車いすでも移動できるナイロン製シート「モビマット」を敷いたり、浮き具付きの水陸両用車いす「モビチェア」を利用したりして、障がいの有無にかかわらず誰もが海を楽しむことができます。
モビマットは25メートル当たり98万円、モビチェアは1台38万円ですが、都内の観光関連事業者が購入する場合には、東京都が200万円を上限に5分の4を補助するとのことです。
この日、機材を提供したNPO法人湘南バリアフリーツアーセンター(榊原正博理事長)は、これまでに全国20カ所の海水浴場のバリアフリー化に取り組んできたそうです。
湘南バリアフリーツアーセンターは、湘南地域を中心にバリアフリー推進、障がいに対する知識と理解の啓蒙、高齢者と障がい者の参加の場の創出など、地域福祉推進への貢献、地域のバリアフリー情報の収集・共有・発信、地域のバリアフリー化に寄与することを目的に、2016年2月に設立されました。
榊原理事長がこの道に進む転機は、大学4年生の時でした。バイクの事故によって大腿骨を骨折する大けがを負い、長い入院生活の中で「体が不自由になることがいかに大変か分かった」そうです。卒業後は医療機器メーカーに就職して開発部門に従事し、2009年には独立して地元鎌倉で会社を設立しました。その後スウェーデンに2度渡り、様々な研修を受講。この経験を生かし、医療・福祉機器開発やリハビリテーションの推進に関わる事業を現在行っています。
海水浴場のバリアフリービーチ化は、湘南地域以外にも全国で広がりつつあります。大洗サンビーチ海水浴場(茨城県)、南知多町海水浴場(愛知県)、須磨ビーチ(兵庫県)、三宇田浜海水浴場(長崎県)、豊崎美らSUNビーチ(沖縄県)などで取り組まれています。
なかでも大洗は日本初のバリアフリービーチとして、大洗ライフセービングクラブが中心となって1997年度にスタートし、現在は「ユニバーサルビーチ」として「誰もが一緒に楽しめるビーチ」を提唱しています。ユニバーサルデザインの駐車場、更衣室、トイレ、簡易シャワーが整備されており、駐車場から海辺まで舗装されているため、車いすのまま移動できます。また、砂浜移動可能の水陸両用特殊車椅子「ランディーズ」 やライフジャケットの無料貸出サービスもあります。例年150名を超える海水浴利用があり、登録会員は累計600名を超えています。
このような前進はみられるものの、アウトドアアクティビティにおける障がい者参加のハードルはまだまだ高いままです。アウトドアアクティビティのバリアフリー化は、民間努力に任されている部分が大きいからです。全国での民間事業者による創意工夫を後押しする意味で、国としてどのような施策が必要なのか、引き続き調査していきたいという思いを強くしました。
様々な障壁を目の前にして立ちすくみ、海水浴をためらっている障がい者たちに対して、榊原理事長はこう伝えたいそうです。
「高齢になったり障がいがあったとしても、自分のやりたいことを諦めないでほしい。実現したときの喜びが明日への活力になるから」
波打ち際の障がい者、支援者、家族たちと同じ笑顔でそう語ってくれました。