【2024年通常国会ハイライト⑥】障害年金認定基準 社会モデルに基づく本当の年金制度とはなにか
国は、2025年に年金制度改革を行う方針です。しかし、その多くは老齢年金に終始し、障害年金に対する議論は進んでいません。そのため、日本弁護士連合会をはじめとする障害年金の専門家や当事者団体の多くが、もっと議論するよう要望しています。天畠も当事者団体や専門家の方々へのヒアリングを重ねてきました。
現在の障害年金制度には、障害年金全般に関わる課題と、特に糖尿病をはじめとする代謝疾患の認定基準に関する課題があり、その不合理さにより多くの当事者が障害年金を受け取ることができないままでいます。
そこで2024年通常国会では、さまざまな角度から、障害年金制度の抜本的改革を強く訴えました。
大臣はご自分の服を洗濯板で洗っているのですか?
まずは、時代錯誤の障害年金認定基準についてです。
年金制度の根幹をなす国民年金法施行令や障害認定基準は、障がいのある方の社会参加が進んできている現代にそぐわない時代錯誤の基準です。特に、基準の文言が単に古くさいというだけでなく、障害年金の大本の基準が身体の状態ばかりに焦点を当て、当事者が社会との関係においてどのような困難を持つか、という社会モデルの視点が欠けていることが問題です。そこで、すべての障害認定に関わる基本的事項を見直すべきではないかと指摘しました。
天畠:障害認定基準の基本的事項2級の例示は、「例えば、家庭内の極めて温和な活動(軽食作り、下着程度の洗濯等)」と、「家庭内」で「ほとんど何もできない」ことが強調されています。
この基本的事項にある文言は、制度改正前に遡ると、少なくとも昭和41年から変わっていないと厚労省から聞きました。約60年間も変わっていないとは驚きです。
では、この「家庭内の極めて温和な活動(軽食作り、下着程度の洗濯等)」とは、具体的にはどのような活動を指していますか。大臣、お答えください。
武見厚労大臣:委員ご指摘の障害年金の認定基準における基本的事項の2級の例示については、国民年金法施行令別表に定める「日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度」の障がいの状態を示したものであり、家庭内での軽食作りや下着程度の洗濯等の極めて温和な活動を想定しております。
天畠:大臣は、いつもどのようにご自分の服を洗濯されていますか。もしや、洗濯板を使っておられるのですか。
武見厚労大臣:現時点では見直すことは考えてはおりませんけれども、「日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度」の障がいの状態というこの表現は、その一例を示したものでございます。
天畠:家電が行き渡っていない時代の洗濯は一苦労だったでしょうが、当時あこがれの電気洗濯機は、今や世帯普及率ほぼ100%の時代です。実態に合っていません。
そして何よりも、障がい者は「家庭内」で「ほぼ何もできない」状態を想定しているのが時代錯誤です。今や、重い障がいを持つ方もヘルパー制度等の障がい福祉サービスが整ってきたことで、その活動範囲が格段に広がっています。
2024年4月2日参議院厚生労働委員会質疑
偏見を招いた「生活習慣病」スティグマを生まない対策を
障害年金は、成人の糖尿病の方にとって唯一といってよい公的保障であり、患者さんの命綱ですが、現在糖尿病の障害年金では適切な認定がなされているとはいえません。
日常生活の困難さが多数あるにもかかわらず、軽視されているからです。
背景には、糖尿病全体の自己管理が出来ていないなどの根強い偏見があります。これは、1996年頃から国が糖尿病などを「生活習慣病」という表現を用いたことも一因です。「糖尿病=生活習慣病、自己責任」というマイナスイメージによって、家族を含めた周囲の無理解にさらされたり、職場など社会からの不当な評価を受けたりし、経済的基盤が不安定な中でも一生続く治療費に対する補助もない、生命保険や医療保険にも入れない、入れても保険料が高い、それが現実です。
そこで、5月14日は、糖尿病全体のイメージ向上を願い、国の姿勢を根本から見直すよう、またスティグマを生まない対策を講じるよう求めました。
天畠:糖尿病に対する根深い偏見を国が率先して改め、不当な評価や扱いを取り除くために、日本糖尿病学会や日本糖尿病協会とも連携しつつ、事務連絡やポスター、チラシ、政府広報等、新たな周知方法を不断に検討していただけないか。
武見厚労大臣:これまで、健康日本21(第三次)推進のための説明資料であるとか、生活習慣病予防のための健康情報サイト、これは「e―ヘルスネット」と呼んでおりますけれども、これを広く厚生労働省ホームページで公表をし、その中で、2型糖尿病の発症には生活習慣だけではなくて遺伝的な影響も関与していることなどを示してきたところでございます。
今後、委員のご指摘も踏まえまして、関係する学会であるとかあるいは団体とも連携をしつつ、正しい知識の普及のための取組を進めていきたいと思います。
天畠:ぜひ進めてください。しかし、どちらの資料も国民が自らアクセスするのはごく一部に限られ、広く国民に周知しているとは到底言えず、スティグマを生まないための具体策とは言えません。先ほど、指摘を踏まえて、学会や団体とも連携して取組を進めてまいりたいと言っていただいたので、具体的な取組につながるよう今後も注視します。
2024年5月14日参議院厚生労働委員会質疑
障害年金2級該当性「日常生活の著しい制限」とはなにか
1型糖尿病障害年金訴訟をご存じですか。
糖尿病の障害認定基準改正により障害基礎年金の支給を突然打ち切られた事件です。平成28年には、大阪で、患者らが不支給処分の取消しを求め、国に対して集団訴訟を起こしていましたが、今年4月19日、ついにその控訴審判決が出ました。原告側の全面逆転勝訴でした。障害基礎年金2級の支給停止を受けていた8名全員に2級の支給が認められました。
大阪高裁は「日常生活の著しい制限」について画期的な判決を出しました。血糖コントロールの大変さを障害年金認定の文脈で考慮する方法です。今こそ、司法が提示したこの方法をどう制度に活かすか議論すべきです。天畠事務所では、裁判では具体的に何が「日常生活が著しい制限を受ける」と判断されたのかを分析し、障害認定基準に社会モデルの視点を取り入れるよう求めました(配付資料参照)。
天畠:血糖コントロールにかかる苦労そのものが「日常生活に著しい制限がある」ことをきちんと認識し、認定基準に反映させるべきです。裁判で何年も証拠を積み上げてやっと認められる現状では、障害年金を受給する権利が保障されているとは言えません。糖尿病単体でも、血糖コントロールにかかる苦労が認定において考慮され、裁判を経ずとも2級と認められるよう基準を見直すべきと考えます。
2024年5月14日参議院厚生労働委員会質疑
天畠:1日のうちに血糖値が乱高下し常時血糖値に応じた補食やインスリン投与などの自己対処が必要となる、無自覚に高血糖、低血糖となることも多いため、何をするにも常に血糖値を気に掛け、不安を抱え、慎重な配慮を要する生活を強いられる、症状が出ると回復のために一定の時間を要するなど日常生活が大きく損なわれる、重症低血糖は第三者の介助が不可欠となる。
このように、司法では、既に障害年金制度に事実認定レベルで社会モデルの考え方を取り入れています。インスリン分泌能など医学的な数値による基準が医学モデルの視点ならば、社会生活を営む上で機能障害がない人と比較した際の困難さ、そして社会の制度不備や理解不足によって生じる困難さを見るのが社会モデルの視点です。
2024年5月30日参議院厚生労働委員会質疑
障害基礎年金の申請における門前払いを阻止せよ
また、糖尿病をもつ方の日常生活の困難さを、実際に認定する現場には何らかの指針が必要です。障害年金を「適切に認定」するために、今厚労省がすべきことはなんでしょうか。まずは、国はこの度の控訴審判決を心から受け入れるべきです。そして、どうしたら、障害年金の認定が「適切に認定」ができるかどうか、早急に策を講じるべきです。
「糖尿病による障害年金は合併症がなければおりない」という認識が広まっており、当事者が申請を諦めるケースが後を絶ちません。
日本年金機構が当事者からの問合せに、「糖尿病単体では障害基礎年金は下りない」「糖尿病は厚生年金しか下りない」と対応することは不適切です。質疑では、厚労省と日本年金機構に対応を迫りました。
天畠:門前払いとなるようなケースが生じないよう、日本年金機構に適切な対応を求める通達を出すべきではないでしょうか。
武見厚労大臣:仮にご指摘のような対応がもしあったとすれば、これは問題でありますので、日本年金機構に対してしっかりと指導をしてまいりたいと思います。
天畠:私が聞いた事例は一つや二つではありません。きちんと速やかに指導すべきです。では、日本年金機構はきちんと対応してくれますか。
大竹日本年金機構理事長:日本年金機構では、障害年金の新規請求への相談対応に係る手順等を定めており、各年金事務所へ周知を行ってございます。当該手順書では、お客様が請求手続を希望される場合は請求書を受理することとしております。お客様の障害年金の請求意思を否定することがないよう、各年金事務所へ改めて周知してまいりたい。以上でございます。
天畠:各社会保険労務士事務所のホームページを見ていると、糖尿病の1、2級を合併症による障害の程度により認定するものとし、合併症がないと糖尿病は障害基礎年金が下りないと掲載されている事例が散見されます。(中略)全国社会保険労務士会連合会と連携して、こうした不適切な表現について注意喚起し、合併症がなく、糖尿病単体でも2級になるケースがあることを周知すべきではないでしょうか。
武見厚労大臣:ご指摘を踏まえて、改めて関係団体と相談の上、注意喚起をしてまいりたいと思います。
2024年5月30日参議院厚生労働委員会質疑
この質疑を受け、日本年金機構がどのような形で周知を行うか、それをどのように当事者に伝えるか、天畠事務所では今後注視してまいります。
また、各都道府県の社会保険労務士会への周知、注意喚起をしている全国社会保険労務士会連合会の総会・懇親会に参加し、質疑で取り上げた事例を紹介するとともに、当事者が申請をあきらめることがないよう理解啓発を求めました。今後も連携し、認定現場が混乱することがないよう働きかけを続けます。
さらに、糖尿病の障害年金1・2級の基準については、「症状、検査成績及び具体的な日常生活状況等によっては更に上位等級に認定する」としか示されていません。一連の質疑で大臣が繰り返した「適切な認定」の方策として、この上位認定について、大阪高裁で示された「日常生活の著しい制限」に当たる具体的な項目を踏まえたガイドラインを作るという方法もあります。この方法についても、厚労省と意見交換を続け、具体的な施策につながるよう取り組んでまいります。
(文責:秘書 黒田宗矢)