バリアフリー対応の温泉に体験入浴しました!

公共交通機関などで進んできたバリアフリー。しかし、レジャー施設、たとえば温泉はどうでしょう。障がい者や高齢者、家族や支援者が、息抜きのために温泉に行きたくても、歩行が難しくて危ないからあきらめる…という人も多いのではないでしょうか。そんな中で、温泉のバリアフリーに積極的に取り組む旅館もあります。その一例としてこのたび、重度身体障がいを持つ天畠自身が、温泉宿「上諏訪温泉しんゆ」(長野県諏訪市)を視察しました。車いすのまま入浴できる「昇降式貸切温泉」の体験入浴と、マネージャーへのインタビューを通して、どんなに重い障がいがあっても、当たり前に旅行を楽しめる環境づくりを考えます。(注:昇降式貸し切り温泉への入浴は宿泊者限定のサービスで、日帰り入浴はできません)

「昇降式貸切温泉」とは?

「昇降式貸切温泉」について、上諏訪温泉しんゆのホームページには以下のように説明されています。

「湯船の床が昇降式となっており、専用の車椅子を利用することで、車椅子のままご入浴が可能です。専用の車いすをフラットになった湯船の床まで移動し、レバーを引くと床が下降し入浴できる仕組み。車椅子をご利用の方でも温泉のご入浴を愉しめます」

湯船の床が上がっている状態

レバーを引くと、湯船の床が下降し温泉が流れてくる

入浴時専用のティルト車いす

いざ、車いすのまま温泉へ!

まず、旅館のスタッフから入浴方法を説明していただきます。操作はとても簡単で、レバーを左右に引くことで、湯船の床が上げ下げできるようになっています。

スタッフからの説明を聞く天畠と介助者たち

専用の車いすはティルト式になっており、背中を倒すことで上半身をお湯につけられるようになっています。ティルト機能とは、背もたれと座面が一体的に倒せるもので、座面からずり落ちにくくなっています。

スタッフの説明を受けながら専用の車いすのティルトを試す介助者

説明を受けたら入浴の準備に入ります。今回は撮影のため、旅館が用意する入浴着に着替えました。この入浴着は本来「乳がんや皮膚移植などの手術痕をカバーし、周りを気にすることなく入浴を愉しむためのもの」です。障がい者に限らず、さまざまな配慮の工夫が見受けられます。(注:介助者も水着等の着用許可を得て入浴しています)

入浴着の仕様

着替えたら、自分の車いすから入浴用の車いすに移乗します。アームレスト(肘掛け)・フットレスト(足置き)を下ろし、ベルトを締めて安全を確保します。

専用の車いすに移乗したら、フラットになった湯船の床まで移動します。入浴用の車いすは普段の車いすよりは体の支えが不安定になりますが、介助者が2名いたので安全に移動することができました。浴室では足が滑りやすく、足の不自由な人にとっては危険ですが、ここは脱衣所など床が乾いたところで入浴用車いすに移乗でき、浴槽まで安全に移動できます。

フラットになった湯船に車いすで乗る天畠と介助者

レバーを引くと床が下降し、温泉が流れてきます。実のところ天畠は、14歳で障がい者になってから一度も温泉に入った経験がありません。体が大きいうえに、不随意運動があり、筋緊張で顎も外れやすく、常に呼吸の管理が必要な天畠にとって、車いすから離れてお湯に浸かることはとても危険でした。天畠、二十数年ぶりの温泉に興奮を隠せません。浴槽をまたぐ動作もないので、障がい者や高齢者にとっても、介助者にとっても負担が少なく、気軽にお風呂に入ることができます。

湯船の床が下降し、足元が温泉につかる天畠と介助者

湯船の床が一番下まで降りたら、ティルトをたおし、湯船につかります。

天畠「二十数年ぶりに温泉に入浴した感想は、『身体が、軽い』です。日常的に筋緊張で身体を酷使しているなかでは、身体をリラックスして休めることは、寝るとき以外滅多にできません。私のような重度身体がい者にとって、温泉に入れることは心身の回復につながるのだと再認識しました」

目の前の窓を開ければ気持ち良い風が入ってきて、露天風呂の気分も味わえます。また、内装もとてもおしゃれで、単に設備をバリアフリーにしただけでなく、「障がいの有無にかかわらず、温泉宿に泊まるという非日常感を味わってもらいたい」という心くばりが感じられます。

湯船につかりながら窓の外を眺められる

「温泉につかってのんびりする」

健常者であれば当たり前に思える娯楽も、障がい者にはいくつものハードルを超えなければ経験できません。今回は「上諏訪温泉しんゆ」の行き届いた配慮と工夫によって、のんびりと温泉につかることができ、天畠も介助者も貴重な経験ができました。

また、温泉以外でも、随所に合理的配慮のための工夫が施されています。たとえば、廊下などあらゆるところに手すりが設置されており、杖で歩行する方、膝や股関節に痛みがある方にとっても歩きやすくなっています。さらに、階段の手すりには点字が付いていたり、食事処の個室は視覚障がい者が介助を受けながら食べやすいよう席が横並びになっていたりと、配慮が行き届いていました。

館内のあらゆるところに設置された手すり

階段の手すりには点字もあります

お風呂上がりに旅館へのインタビューも行いました!

質問する天畠(左)と上諏訪温泉しんゆマネージャー林和美さん(右)

天畠:全館ユニバーサルデザインにした理由として「親を人生最後の旅行に連れて行きたい」という声だったと、柳澤社長がおっしゃっていますが、詳しいいきさつを教えてください。

林:もともと当社は3世代で来られるお客様さんが多く、中には「親の人生最後の旅行で連れて来ました」をおっしゃる方もいました。そういう需要がこれから増えていくのだろうなという感じはありました。人口が減少していく中で、旅行をあきらめたり、家族が連れていけないなどの声を聞く中で「そういう人たちに何かできないか」と考えておりました。旅館としても人口減少で収益が下がっていたので、ビジネス上の観点からも、旅行をあきらめている人たちをターゲットにしたいと思いました。諏訪市は市全体としてもユニバーサルデザインに取り組んでいます。上諏訪駅の西口にはエレベーターがあり、導線を確保して、諏訪湖まで車いすでまっすぐ行って湖畔を散策できます。地域全体でユニバーサルに取り組んでおり、その流れの中で私どもも高付加価値事業として改装を行うことができました。

天畠:姉妹館の蓼科にも、ユニバーサルデザインの施設があるのですか?

林:ユニバーサルで使えるお部屋がございます。蓼科にある姉妹館のロビーには本を3万冊そろえたライブラリーがあります。

天畠:障がい者の宿泊客が介助者を用意できない場合などはどうするのですか?

林:諏訪地域において、介護保険外サービスで外出支援や入浴介助に取り組んでいる「ユニバーサル・サポートすわ(ユニサポすわ)」という団体があるのですが、そこからヘルパーを派遣することができます。

天畠:社長の柳澤さんご自身は、障がい者との交流を通じて感じた事などおっしゃっていましたか?

林:特にはじめから障がい者にフォーカスしたわけではないようです。「3世代の旅行に華を添えたい」という思いの中で、ニーズがあることに気づきました。障がいを持った人との交流というより、みんな同じ人間としてかかわってきた、という感じでしょうか。社長の柳澤は心理学とかいろんなことを勉強して見識が深く、分け隔てなく接する人です。当社には障がいを持つ社員が4人おりますが、苦手なところにどうアプローチすればいっしょに楽しく働けるか、社長はいつも意識しているようです。

天畠:車いすのまま入浴できるお風呂の利用状況を教えてください。

林:お風呂を使えるプランとしては、平均で週2組くらいです。お客様のお着替え等の時間や延長の可能性もありますので、最大でも1日3組以内に抑えております。

天畠:改修にあたり参考になさった施設、先行事例などありましたら教えてください。

林:「バリアフリー温泉で家族旅行」の著者で温泉エッセイストの山崎まゆみさんや、ユニサポすわさんにアドバイスを求めました。コンサルの人たちとも相談して、車いすの人も介助する人もゆったりできることを目標に作り上げました。

天畠:地元の就労継続支援A型事業所「グローブ」と連携して取り組んでおられる、障がい者雇用についてお聞かせください。

林:はじめにグローブさんから「受け入れ先を探している」というオファーをいただきました。月曜日から土曜日までの週6日、2人ないし3人の方が来て、共用部分の掃除や大浴場の掃除をしていただいています。地元諏訪市や茅野市の出身者が多いですね。

また、地元下諏訪町の長野県花田養護学校出身の社員が4人います。中には20年近く働いているベテランも。清掃や調理の現場で力を発揮しています。

天畠:ところで「ユニバーサルデザイン」という言葉自体は、宿泊プラン名に入れていらっしゃいませんね。なぜですか。

林:残念ながら「ユニバーサルルーム」と言うと「障がい者の方が使う部屋」というイメージがまだまだ残っているのかもしれません。当社では「どなたでも快適にお使いいただける部屋」というコンセプトの下に、あえて「ユニバーサル」という言葉を使わなくなってから、予約が増えました。本来は、このような(「ユニバーサルルーム=誰にとっても快適な部屋」という)認識がもっと広まっていったらいいな、と考えております。

天畠:ユニバーサルデザインという言葉の使い方については、国も周知・啓発の方法をもっと工夫できる点があると思います。本日はありがとうございました。

最後に議員から一言

車いす利用者にとって、温泉に入れることは、健常者以上に非日常の体験であり、貴重です。一方で、「食べる、寝る」といったものは誰にとっても日常的な行為です。国や自治体における障がい福祉に関する予算は、こういった障がい当事者の日常のニーズに優先的に使われます。ですので、温泉など非日常的な体験をしたいという当事者のニーズは後回しにされがちで、行政による経済的なバックアップは薄いのが現状なのです。

しかし、旅館やホテルにおける接遇や食事、介助の手伝いなど、ソフト面で改善できることも多いと感じています。今後は、しんゆのような先進的な施設を全国的に増やしていくための、施策のあり方を検討していくとともに、旅館やホテルにおけるソフト面でのバリアフリーガイドラインの充実化など、国会の現場での後押しも同時にしていきたいと思います。(天畠)