院内集会「あなたのなかの優生思想をぶっこわせ!」(全国公的介護保障要求者組合主催)で講演しました(2024年11月5日)
11月5日、参議院議員会館で開かれた院内集会「あなたのなかの優生思想をぶっこわせ!」(全国公的介護保障要求者組合主催)で講演しました。講演内容は以下の通りです。
参議院議員の天畠大輔です。「母よ殺すな」の一節をご紹介します。
「よく働ける者、より強い者、より速い者、より美しい者が正しく偉いとする この世の価値観に対し、共に手を携えられる人々とともに日常あらゆる面で自らの存在を賭けて闘い続けなければならない」。
横塚 晃一(よこづか・こういち)さんの、「母よ殺すな」の一節です。この世の価値観である優生思想とはなにか、明確に示しています。
そして、優生保護法被害補償法が成立した今、改めて、闘い続けなければならない、と身の引き締まる思いです。今日はこのような大事な場にお招きいただき、ありがとうございます。
国会議員になる前、私は、優生保護法問題に活動として取り組んだことはありませんでした。しかし昨年の1月、熊本地裁で原告勝訴判決が出たにもかかわらず、国が控訴しました。これをきっかけに、優生連や原告団、弁護団の皆さんとつながり、一緒に国会質疑を作ってきました。
その国会質疑を通して見えてきた、今後の取り組みの方向性について、お話させてください。
第一に、国会は優生保護法を成立させ、政府はそれを運用し、1995年まで優生条項を取り除かず、8万5千人とも言われる被害者を生み出したことに対し、道義と信義を貫くべきとの姿勢を崩してはいけない、ということです。
2018年1月、全国で初めて、仙台の飯塚淳子さん、佐藤由美さんが国を提訴しました。それから2024年7月の最高裁判決まで、実に6年半もの時間が過ぎてしまいました。この間に6人の原告が亡くなりました。私は、当時の岸田総理に対して、合計4回、「上訴を取り下げ、被害当事者と面談し、この問題を直ちに全面解決すべきだ」と、質疑で直接訴えました。
総理はそのたびに「被害当事者に会います。会い方について検討します」と答弁したものの、ついにその約束は果たされず、7月3日、原告の全面勝訴に至ったわけです。国が、被害者には寄り添うと口では言いながら、行動を起こさないうちに、6人が亡くなったと思うと、言葉もありません。
国は「除斥期間」を言い訳にして逃げようとしました。政府は最高裁での敗訴まで、原告が勝訴しても控訴し続けてきました。そしてその理由として、除斥期間を持ち出していました。
除斥期間とは、不法行為から20年間たつと、被害者側が損害賠償を求める権利がなくなる、というものです。つまり、原告の方々が優生手術の被害を受けたのは20年以上前だから、損害賠償を求める権利がない、というのです。そこで私は、弁護団と密に連絡を取り、その法的側面について論点整理を行い、2023年3月の参議院厚労委員会で、政府の言い分のおかしさを指摘しました。やや込み入った内容になるので、ご関心のある方は、私のホームページから議事録をぜひご覧ください。
なお、質疑の当日には、スライドにあるように、原告の北三郎さんや弁護団の新里弁護士、関谷弁護士が傍聴に駆けつけてくださり、力づけられました。ありがとうございました。
そして結果的に最高裁は、政府の主張する「除斥期間説」を完全に斥けました。
そもそも、「不良な子孫の出生を防止する」などという目的で優生手術を強制する国家と、強制された被害者の間に「20年経てば無罪放免」などというルールを当てはめること自体、許しがたいことであるのは、誰の目にも明らかなのです。政府や国会がするいろいろな言い訳に対し、道義と信義を貫けと、当事者は最後まで主張すべきだと学びました。
優生思想もまた、保護されるべき自由なのでしょうか。第二に、国の責任と取り組みを厳しく問う一方で、私たち一人ひとりの中にある優生思想との共犯関係についても、常に監視することが非常に重要です。
それを強く感じる局面が、詳しい説明は木村議員が後ほどあると思いますが、優生手術補償法制定をめぐる超党派PTの議論の中でありました。私たち障がい当事者議員が「優生思想の根絶」を盛り込むべきだと主張するたびに、与党議員や衆議院法制局から次のような反論や懸念が返ってきました。
「思想信条の自由を最大限尊重すべしという憲法下で、特定の思想を根絶するなどという条文が入っていいのか」というものです。
この反論は一見、きわめて強力で、聞くものを黙らせます。旧優生保護法下における強制不妊手術が、かけがえのない身体的自由権を著しく侵害したように、国家が法律の名の下に内心の自由に介入しこれを根絶することもまた、許されざる違憲行為なのではないか、という思いにとらわれます。たとえ何を考えていようとそれが内心にとどまる限り自由であり、その考えが具体的違法行為となって出現した場合のみ、処罰や規制の対象になり得るのだと。
しかしここでいったん立ち止まり、優生思想という「特定の思想」が、旧優生保護法や強制不妊手術との関係において、日本社会の中でどのように成り立ち、つながり合い、お互いを助長・扇動したのか、よく考えてみるべきです。
①ご存知の通り旧優生保護法は1948年、初の議員立法として衆参の全会一致で成立しました。反対した議員はひとりもいませんでした。間接民主制とは言え、日本社会全体がこの戦後最悪の人権侵害法を、もろ手を挙げて賛成してしまったと言って過言ではありません。
さらに翌1949年、法務府は、当時の厚生省に対し、本人同意のない強制手術の手段として「身体の拘束、麻酔、欺罔(ぎもう)、つまり騙すことの手段を用いることも許される」という見解を示しました。違法行為に免罪符を与えたのです。
7月の最高裁判決の中で、草野耕一裁判官は次のように述べています。
「違憲であることが明白な国家の行為であっても、異なる時代や環境の下では誰もが合憲と信じて疑わないことがある」
私たちはこの言葉の意味を今いちど深く受け止めなければなりません。優生思想は今この瞬間も、そして未来においても、大多数の賛同もしくは無関心によって温存・再生産されるのです。
優生保護法問題は、高齢の障がい者の、かわいそうな人たちだけに関すること、と思っている人はたくさんいるだろうと思います。でも、それは違います。すべての人に関わることなのです。
旧優生保護法による手術の運用は、かなりずさんでした。あとから検査を受けたら遺伝性の障がいではなかった人、素行(そこう)が悪いなどとして施設に入れられた人なども、強制的に不妊手術を受けさせられた事実があります。
政府の一員ではない一般の人々も、旧優生保護法のようなお墨付きをひとたび手にした結果、「厄介だな」「近くにいてほしくないな」「面倒くさいな」と思われている人達に、取り返しのつかない人生被害を与えてしまったのです。「今はそんなことは起こらない」と、だれが自信を持って言えるでしょうか。今後、優生思想やそれに基づく差別や偏見を根絶することは、未来に生きる全員のために必要なのです。
第三に、では、その根絶をどのように行うか。障がい当事者の視点から、提言、監視をしていく必要があります。
私は昨年3月の参議院予算委員会で、法務省、厚労省、内閣府それぞれに、優生保護法被害者の被害救済や、再び起こさないための施策を問いました。優生思想は社会のあらゆる分野に根を張っています。一つの省庁だけでは、解決できないからです。特に、法務省は毎年「人権教育・啓発基本計画」を定めていますが、優生保護法被害の記述がありません。書き込むべきだと主張しましたが、まだ実現していません。
「旧優生保護法問題解決のための基本法」や「優生思想根絶基本法」といった、優生思想の根絶、優生保護法の調査研究、人権教育、啓発などを定めた法律は必要で、私もこれから取り組んでまいります。また、要求者組合の皆さんも訴えていますが、精神保健福祉法第1条の「発生の予防」など、優生思想が根底にある条文はまだまだたくさんあり、包括的な法整備が必要です。さらに法整備後も、施策が手抜きにならないためには、市民の監視や提言が必要です。
国内人権機関の議論も必要です。また、既存の省庁ではカバーできない範囲も視野に入れた、自由闊達な議論も必要です。たとえば、優生思想根絶を含む人権課題に対して、「国内人権機関」の設置も一手だと思います。
国内人権機関は、国によって異なりますが、裁判所とは別に、人権侵害からの救済や人権保障を担う国家機関です。原則として政府から独立し、実際に人権侵害が起きた際、迅速な調査、救済をするほか、立法、行政の活動への提言、市民や裁判官らへの教育・啓発活動などを行います。数十年前から様々な論点で議論が積み重ねられてきました。改めて活発な議論を始め、実現できるよう尽力していきたいと思います。これからも、皆さんとともに闘っていきます。ありがとうございました。