学業、仕事中にヘルパー派遣を使えない、今の政策の問題は?-京都市内ヒアリング行脚報告(9月29日)

重度障がい者は学業や仕事といった社会参加で、人生に大きな制限があります。天畠が身を持ってその苦しみを感じ、道を切り開いてきた一方で、今も当事者として課題に直面しているさなかでもあります。 京都市に、働く重度障がい者がいる、そして京都大学と連携した京都市の学生支援は先進的なものと聞き、日帰りで京都市内を駆け巡ってきました!

「移動支援が通学でも使える」京都市の先進的判断

まず訪れたのは京都市役所。「移動支援」という外出介助のための障害福祉サービスを、特例的に通学にも利用できる、という先進的な判断を10年前にくだしたのが京都市だったためです。

「移動支援」は、障害者総合支援法に基づいて市町村が提供する「地域生活支援事業」の一つです。地域の特性や利用者の状況・要望に合わせて、市町村の判断で利用ルールや料金などが決まります。国のヘルパー制度と同様に、通勤や通学には原則使えない自治体がほとんどです。

日本の障害福祉施策では「移動支援」に限らず、通学時に使える介助者派遣のサービスは最近までありませんでした。しかし、大学などに進学する障がい者が増える中で当然、通学のための移動や、学内移動、排泄介助、食事介助などのニーズが発生します。そこで京都市では、大学で学業支援の体制が整えられていることなどを勘案したうえで、特例的に「移動支援」をこれらのニーズに使って良い、と判断したのです。

この10年間、京都大学や同志社大学等で数人の障がい学生が利用しました。 京都市のような自治体が全国的には珍しい中で、最近になって国がつくったのが、「大学修学支援事業」(2018年~)です。重度障がい者が学業をするために必要な生命維持(通学のための移動や学内移動、排泄介助、食事介助など)に介助者をつけられる制度です。しかし大学にとっての制限や条件が厳しいため、京都市はこの事業の活用ではなく、引き続き移動支援の特例利用を認める判断をしたと言います。たとえば、この事業は「ゆくゆくは大学側が介助保障を負担するプランを書く」ことが前提となっている、非常に不安定なものです。

障がいのある学生は「支援の対象」ではなく「学びの主体」

次に訪れたのは、京都大学の障がい学生支援専門部署、 DRC(Disability Resource Center学生総合支援機構 障害学生支援部門)です。この部署の立ち上げ時からかかわってきた村田淳准教授に、お話を伺いました。

DRCは2008年、京都大学内の組織として発足。京都大学は「2024年障害学生支援ランキング」(2022年6~12月に全国障害学生支援センターが調査)の総合第2位(※1)ですが、最初からすべてが整っていたわけではありません。立ち上げ時の担当者はたった一人。当時から障がい学生もいましたが、「良く言えば個別対応、悪く言えば場当たり的対応」だったと言います。徐々に体制を拡充し、現在は10人のスタッフがいます。

障害学生支援室、障害学生支援ルーム等と名称が変遷し、2年前にDRCとなりましたが、理念は立ち上げ時から変わりません。「たとえば、障がい学生支援を通して、周囲の学生への教育的効果がもちろんあるとは思うが、DRCの基本スタンスや目的は周囲の学生への教育効果ではない」と村田准教授。DRCは障がいの社会モデルの考え方に立ち、教育・研究環境やそのプロセスで障壁が生じた時に、それらを解消・改善するための合理的配慮を検討・提供するためにアプローチします。場合によっては、人的支援の調整や支援機器のフィッティングなども提供し、学生の学びや学生生活をおくる上での選択肢を作り出します。「障がい学生は支援の対象ではなく学びの主体。どうしたら他の学生と同等の学びの機会を得られるか、という姿勢で活動している」と強調していました。

DRCを利用する障がい学生は、現在180人程。この10年で約15倍になりました。「全国の大学の障がい学生の増加傾向と同じ」だそうです。うち3分の2は精神・発達障がいのある学生。他に視覚障がい 、聴覚障がい、24時間介助が必要な重度身体障がい者など。心理的なカウンセリングなどが必要な場合は別の窓口で対応しますが、合理的配慮が必要な学生は、DRCが学生の所属学部等と連携しながら対応しています。 講義や演習といった教育・研究に付随する介助は「大学側が提供すべき合理的配慮」と村田准教授。約100人が登録している有償の学生サポーター制度のもとで、ノートテイク、書籍のテキストデータ化、代筆などを行っています。たとえば、遠隔文字通訳システムcaptiOnlineを使って学生サポーターが先生の言葉をパソコン入力し、聴覚障がいの学生本人の端末に飛ばすと、ほぼ同時に先生が話していることがわかる、といった具合です。

(※1)文部科学省障害のある学生の修学支援に関する検討会(第6回)ヒアリング資料より https://www.mext.go.jp/content/20231026-mxt_gakushi01-000032431_2.pdf

大学修学支援事業は、大学と学生を縛ってしまう


高等教育機関で必要なのは、講義や演習時の支援だけではありません。トイレや食事、通学、学内移動など、より生存権にかかわるパーソナルな支援が必要です。しかし京都大学は、大学修学支援事業は利用していません。現時点では、「制度的な問題点がある」と考えているためです。

京都市が問題視していたように、この制度は「生存権に関わる支援を大学側が担保する、と約束した大学にしか使えない」仕組みです。また当の学生には「留年してはいけない」「平均的な成績」などの条件が付されているようにも読み取れます。「私自身は、憲法にもうたわれている基本的人権の考え方と齟齬があると考えている」と村田准教授は憤ります。

またこの制度には利用できる上限がタイトに設定されていて、現実的にはサービス報酬単価を低く設定していかないと運用ができないような状況になっている。実際に必要性が高いのは、休み時間のトイレ介助などスポット的な介助が多いため、このような制度設計であると事業所側も引き受けにくく、結果として必要な介助体制が構築できないという懸念があります。

そこで京都大学の対応としては、教育・研究など大学が本来責任を果たすべき部分の合理的配慮はしっかりと学内で担保し、パーソナルな部分(生活介助)は京都市の「移動支援」を使い、地域の事業所がヘルパーを派遣するという形を基本としています。しかしこれは、前出の京都市と連携して結果的にできたことであって、全国ではとても稀なケースです。村田准教授は「海外では学生のパーソナルな支援には公的な制度が使えるケースもあり、大学は教育・研究に付随する合理的配慮の提供や環境整備に集中できる。海外と比べても日本は制限が多い(※2)。十分ではないにせよ、初等・中等教育における特別支援教育にはそれなりに予算もついているが、高等教育での学びの権利保障を支える予算的措置は脆弱だ」と指摘します。

(※2)文部科学省先導的大学改革推進委託事業「重度障害学生に対する支援のあり方に関する調査研究」  https://www.mext.go.jp/content/1422185_1.pdf

 

「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業」とは?

最後に、日本自立生活支援センター(JCIL)を訪問しました。JCILは障がい当事者による、当事者のための、自立生活支援の民間団体です。国の障害福祉サービスを実施する、ヘルパー派遣事業所の機能も持っています。JCILでは、「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業」(以下、特別事業)を利用して働く重度身体障がい当事者と、総務担当の方にお話を伺いました。

「重度訪問介護」という重度障がい者に生活介助(食事やトイレをはじめ幅広い介助)を提供するヘルパー派遣制度は、厚労大臣告示523号で、重度訪問介護を利用できる外出の条件を「通勤、営業活動等の経済活動に係る外出、通年かつ長期にわたる外出及び社会通念上適当でない外出を除く」と定めていることを理由に、通勤や就労中には使えないため、重度障がい者は実質的に働けません。

そこで2020年、特別事業が出来ました。この制度は「雇用施策との連携による」とタイトルにある通り、「障害者雇用」と「障害者福祉」それぞれの既存制度を組み合わせたものです。具体的には、企業などで雇用されて働く障がい者に対しては、①法定雇用率に達しなかった企業が国に払う「雇用納付金」(つまりペナルティー)を財源とする従来の補助金「職場介助助成金」と、②市町村ごとの福祉サービス(地域生活支援促進事業)を組み合わせて、就労中の介助を保障します。なお「職場介助助成金」は、あくまで企業側が雇用する障害者への合理的配慮としての介助提供を支援するためのものなので、補助されるのは原則8割まで、中小事業主は9割までです。

この制度は市町村の任意事業ですが、制度開始から3年経ち、全国約1700の基礎自治体のうち導入したのは54市町村(うち利用者がいる自治体数は44)制度の利用者数は127名(2023年7月末時点)にとどまります。

雇用納付金を財源とする「職場介助助成金」は通常、JEED(高齢・障害・求職者雇用支援機構)という厚労省の外郭団体が、審査や給付の手続きをしています。そのためこの特別事業では、本人や企業は必ず、自治体、JEED、そしてヘルパー派遣事業所の3か所とやり取りをしなければなりません。通常のヘルパー派遣制度であれば、自治体とヘルパー派遣事業所のみです。

特別事業は「重度障がい者と健常者が平等に働く」権利保障ではない

JCILでの聞き取りを通して、特別事業は「重度障がい者と健常者が平等に働く」権利保障のための制度にはなっていないことが改めて分かりました。

JCIL代表の香田晴子さんは、「日常生活で使う重度訪問介護の自己負担分と、仕事で使う特別事業の自己負担分が別々にかかる」とこぼします。国の制度である重度訪問介護は、本人収入額によって月9,300円から37,200円の自己負担が生じることがあります。さらに、市町村が実施主体となる特別事業を使うと、その分の自己負担(※3)もプラスで生じます。収入が増えたわけではなく、さらに物価高の中では厳しい負担です。働くにあたって、健常者は払わない労力やコストを障害者が払うことになり、同じ土俵に立っていません。

さらに、特別事業の通勤部分では、最初の3か月間はJEEDが職場介助助成金として出し、4か月目以降は市町村実施主体の地域生活支援促進事業から出す、年度が変わるとまたJEEDに戻る、という仕組みになっています。しかし重度障がい者は、時間が経ったり訓練したりしたからといって、自力で通勤できるようになるわけではなく、4か月目以降も継続して通勤支援が必要です。それなのに次々と請求先が変わる現状の不安定な仕組みは、当事者の権利を守るために設計されているとは言えないでしょう。

(※3)特別事業の自己負担額は自治体によって異なる。京都市は本人収入額によって月9,300円から37,200円の自己負担が生じることがある

事務負担が非常に重いのは、請求先が複数だから

特別事業はもちろん、重度障がい者の就労の道を開くものではあります。JCILでは特別事業ができるまで、仕事中に介助が必要な当事者職員の介助費用は、雇用主であるJCILが負担していました。そのため特別事業が使えるようになり、どの当事者も「JCILの費用負担がなくなり、気が楽になった」と口を揃えます。ただ「事務負担がかなり増えたのは申し訳ない」とも。

総務担当者は、特別事業の利用を始めるためにJEEDに提出した「支援計画書」を、「来客へのお茶出し、事務所の維持管理(清掃)は職場介助として認められなかった。何が対象となるのか分かりにくい部分がある」。ワークス共同作業所の山中泰紀さんは「利用開始までの手続きややり取りが煩雑過ぎて、雇用者と本人がその負担をおいきれず、申請をあきらめるケースもある」と言います。

利用が決まった後も、介助記録とそれに基づく請求業務は大変です。利用者本人は、一般的な勤務記録とは別に、仕事中の介助の記録もつけないといけません。JCIL職員の岡山祐美さんは「JEEDに請求する通勤介助と勤務介助は別記録なので、仕事以外の重度訪問介護での生活介助の記録も含めると、3つに分けて記録しています」。 総務担当者は本人が付けた記録をもとに、JEEDと京都市の双方に介助費用の請求をします。たとえば、11時~12時のパソコンの立ち上げや操作補助は業務補助なのでJEEDに請求。12時~13時の昼食介助は、生活上の介護なので京都市に請求、といった具合です。通常、ヘルパー派遣事業所の介助費用請求業務は市町村のみが相手ですが、特別事業の利用者がいると、JEEDと京都市の両方への請求があり、事業所の手続きは煩雑になります。京都市の請求タイミングは月1回ですが、JEEDは半年に1回なのも、事務フローを複雑にしていると言います。

「同じ土俵に立てない」根本問題の解決は、現在の政策の延長上にはない

これらの複雑で重い事務負担は基本的に、JEEDと市町村の2箇所へ介助費用を請求するために、起こっています。つまり、雇用主への補助金給付である「雇用施策」(JEED担当)と、生活介助のための「福祉施策」(市町村担当)を組み合わせる、という制度設計そのものに起因しているのです。

厚労省は「制度改善を進める」と言いますが、今年4月に「改善」されたのは、支給申請書(=毎月の請求)の基本情報(事業所所在地や代表者名、対象者の雇用状況)の記載省略、請求のたびに出していた支援計画書の写し不要化・雇用契約書などの写し不要化(初回申請からの更新変更がない場合)など、非常に軽微なものだけでした。本質的な煩雑さは、今の制度設計のままでは克服されないのではないでしょうか。

特別事業の問題は、細かいものを挙げればたくさんありますが、雇用する側にとって継続的な経済的負担や事務負担が生じ、日常的に介助が必要な障がい者が、他の働き手と同じ土俵に立てないという根本的な問題を解決しません。

現状では、特別事業を利用できるのは、障がい者雇用への意欲があり事務能力も高い事業者に雇用されている、ほんの一握りの障がい者です。勤労の権利を保障されていない状態を、政策目標の年限もなく続けては、仕事という社会参加の大きなきっかけを失う当事者の社会的孤立を深めることにもつながります。 学業中、仕事中の安定した介助保障、障がい者の学ぶ・働く権利のため、国会内外で問題提起し、この問題に取り組む仲間を増やし、取り組んでいきます。(文責:秘書 篠田恵)